イラクの政治家たる者

もう一人、今年会った印象的な人物として、イラクのヌール・マリキ首相を挙げたい。今年春に来日した際、通訳をはさんで一時間ほど話を聞く機会があった。
身長180センチをゆうに超える堂々たる体格。偉丈夫は、中東政治家にとって重要な要素。握手した手は柔らかかったが、筆者の1・5倍見当の大きさで、強い握力を感じた。

ただ、彼のイラク政界での処し方などを遠く日本から見ている限りでは、米国と、反米的な色彩も強いイラク地元政治家などの間で、強いイニシアチブを発揮できていないようにも見えた。時には、「この人、あまり当事者意識がないんじゃないか」「首相の座にもそれほどこだわっていないのか」とも思えるような人間的な淡白さを感じることが多かった。

ところが、会見の最後のころ、イラク暫定政府首相を務めた世俗派政治家で、マリキ首相の批判を繰り返していたイヤード・アラウィ氏の動きについて聞いたとき、マリキ氏の表情ががらっと変わった。
「あいつはクーデターを画策している」などと、敵意とライバル意識をむき出しにして、アラウィ氏批判をまくしたてたのだ。
フセイン政権時代のイスラムシーア派反体制政治組織「ダーワ党」の幹部だったマリキ氏。フセインと同じとまではいかないまでも、政敵への敵がい心は、相当強いものがある、と実感した。
数々のクーデターによる政権転覆を繰り返してきたイラクの血塗られた現代史の一角に立つマリキ氏も、やはりイラクらしい政治家なのだ、と得心した思いがした。
マリキ氏は、現在、これまでの政権基盤だった、ムクタダ・サドル派から距離を置き、アブデルアジズ・ハキーム師率いる親米の色も濃いイスラムシーア派政党「イスラム最高評議会」に接近し、新たな政治基盤のもと、指導者としての生き残りを図って、これまでのところ、ある程度は成功しているようだ。やはり、ただの朴訥なヒゲオヤジではなかったというわけだ。