イラクのポップス音楽

昨年末発行された季刊「アラブ」(日本アラブ協会発行、写真)に、カフェバグダッド第一弾「シーシャとエジポップの夕べ」のゲスト、中町信孝氏(東京都立大非常勤講師)が書いた「アラブ・ポップス最前線−−イラクのブルトゥカーラ現象」と題する記事が掲載されている。ブルトゥカーラ(アラビア語でオレンジの意)は、イラク人歌手アラー・サアドの昨年夏大ヒット曲の名前。オレンジを「愛する女性」にたとえたラブ・ソングで、ビデオクリップに登場するオレンジ色のセクシー・ドレス姿の「オレンジ娘」の踊りもあいまって、人気を博した。記事は、この「ブルトゥカーラ現象」の、アラブ・ポップスの中での意義付けを試みるとともに、イラク・ポップス音楽界の今後を見通す内容だ。
イラクが生んだ大スター歌手、カーズィム・サーヒル(カーゼム・サーヘル)が、これまで主に、正則アラビア語でヒットを飛ばす一方で、「新生イラク」での事実上初の大ヒットが、イラク方言アンミーヤ(口語)でうたわれた点に中町氏は着目、「イラクの若者たちは今までずっと、自分たちの言葉で歌うポップスを待ち望んでいたのではないか」と論じる。
サダム・フセイン政権時代のイラクに滞在していると、大統領信任の国民投票時に全土をせっけんしたサダム礼賛ソングなど政治プロパガンダを含む音楽ばかりが耳に入り、国民が真に楽しめる音楽は非常に少なかった。フセイン政権崩壊で、イラクは、そうした桎梏から脱して、自由に音楽を生産できる環境になったといえるのだろう。
そんな新生イラク音楽界が、イラク方言によるヒット曲を今後も生み出していくのだとすれば、宗教・民族間の対立要因をはらみ、つねに分裂の危険がつきまとうイラクという国家の行く末に一筋の光をともすものであるのかも知れない。
ともあれ、ポップスというサブカルチャーのアングルから、イラク問題を論じた、非常にユニークな記事で異彩を放った。中町氏が、この「アラブ」の記事にふれたブログを読むと、氏は、続編への意欲をそこはかとなく示しているようすで、今後の執筆活動に期待したい。